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毎年4月25日はANZAC DAYです。

アンザックデーの由来をご存知ですか?

日本ではあまり聞いたことがないかもしれませんが、

オーストラリアではとても大切な日。

ANZACはどのような意味なのでしょう?

 

こんにちは!

バイリンガル育児アンバサダーのさとみんです。

 

子供たちは明日からターム2、2学期が始まります。

4月25日はアンザックデーなので、

アンザックデーパレードがテレビで中継されたりしています。

 

アンザックデーについて少し詳しく見てみましょう。

 

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アンザックデーのANZACが意味するものは?

ANZACは、Australian and New Zealand Army Corpsの頭文字をとっています。

オーストラリア・ニュージーランド軍団の意味です。

 

アンザックデーの由来とは?

アンザックデーが制定されたのは1969年。

第一次世界大戦中にトルコのガルポリで勇敢に戦い戦死した兵士たちを

追悼する日です。

 

なぜ4月25日が選ばれたかというと、

ANZACが1915年4月25日にトルコのガルポリ半島に上陸したからです。

8か月にも及ぶこの戦いでは連合軍の33512人もの兵士が戦死、

そのうちANZACの兵士はオーストラリア人兵士8709人、

ニュージーランド人兵士2701人であったといわています。

行方不明者7636人、負傷者78000人という大きな犠牲を払った戦いでした。

 

 

今では、第一次世界大戦で亡くなった兵士だけでなく、

戦争で亡くなったすべての人を追悼する日になっています。

 

オーストラリアにとってアンザックデーが重要な理由

オーストラリアでは、アンザックデーはとても重要な日です。

プリスクールでは、アンザックデーのシンボルとして

赤いポピーを描いたり、工作で作ったりします。

 

アンザックデーといえばこの赤いポピーの花を思い出します。

 

そして、何か人生の困難に直面したときに、

【ANZAC Legend(アンザックの伝説)】と言われる

国のために命を懸けて戦ったオーストラリア人兵士のように

不屈の精神を思い出そうという意味

アンザックデーが引き合いに出されることがあります。

 

それほど人々がアンザックデーに思い入れが強いのは、

その悲しいガリポリの戦いに理由がありました。

 

第一次世界大戦が始まった1914年。

オーストラリアはイギリスから独立したのが1901年。

まだオーストラリア連邦が出来てからたったの13年でした。

 

英連邦が戦争に加わることを宣言した1914年8月、

オーストラリアは英連邦の一部として戦争に参加することになりました。

そのために結成されたのがオーストラリア、ニュージーランドの兵士からなるANZACです。

 

ガリポリの戦いとは?

英語ではThe Gallipoli Campaignと表されます。

イギリスなどの連合軍に加わる形で、

オーストラリア・ニュージーランドにとっては初の海外遠征でした。

 

第一次世界大戦開戦の翌年、1915年4月25日に

トルコのガリポリ半島のダーダネルス海峡側に上陸した連合軍の目的は、

オスマン帝国の首都イスタンブールを制圧することでした。

 

連合軍は、短期決戦のつもりで臨んだガリポリの戦いは苦戦を強いられることになります。

オスマン帝国軍はダーダネルス海峡に大量の機雷、多数の砲台を備えて

海峡自体を要塞化していました。

 

さらにオスマン帝国軍は、連合軍の上陸場所を予想し、

準備万端で連合軍を迎えたのです。

そこに上陸した連合軍は激しい攻撃を受け、

予想外の8か月にも及ぶ長く苦しい戦いを強いられることになりました。

 

結局、連合軍はガリポリから撤退することになりますが、

その犠牲は3万人以上の戦死者がでる大敗となってしまいました。

 

岩場の多い困難な地形で、武器の不足や、

チフスなどの病にも悩まされながらも

最後まで勇敢に戦い続けたANZACの様子は同行した軍の記者にによって

オーストラリアにも伝えられました。

 

そして、ANZAC Spirit-アンザックの精神

特にMateshipと呼ばれる勇気、平等、忍耐、忠誠心、友情は

ANZACを語るのに不可欠です。

 

『どんな困難にも勇敢に立ち向かう』

ANZAC Legend-アンザックの伝説はここから来ているのです。

 

そして、この敗戦をきっかけにオーストラリアはイギリスからのさらなる独立を目指し、

1つの国家としてみんなが一致団結して国を作っていくという大きなきっかけになったのが

このアンザックデーのもとになったガリポリの戦いでもあるのです。

 

アンザックデーといえばアンザックビスケット、その由来は?

4月に入るとオーストラリアの店先には

ANZACビスケットという固いオートミールとゴールデンシロップの

ビスケットが並びます。

缶入りのものはコレクターがいるようで昔からのものを集めているひともいるようです。

この缶で$10

袋入りだと$2くらいからあります。

 

歯が折れそうなほど固いアンザックビスケットは

歯固めや歯が折れるビスケットなどと言われたりしますが、

本当に固いです・・・

 

この素朴な味のビスケットは、

戦争に行った夫や家族に妻たちが栄養豊富なオートミールと

オーストラリア人が大好きなゴールデンシロップでできたビスケットを

戦地に送ったことからアンザックビスケットと呼ばれます。

 

卵が入っていないため日持ちのするビスケットであったことも

遠く離れた戦地に送るのに適していました。

 

今でもその素朴な味が人気で家庭でもよく作られます。

アンザックビスケットの本場レシピはこちらから(英語です)

 

 

オーストラリアのアンザックデーの過ごし方は?

アンザックデーのパレードや式典があります。

テレビでも中継されます。

 

”Lest We Forget” 私たちは忘れない。

 

アンザックデーが近づくと、

この言葉をあちらこちらで見かけます。

 

祝日ですが、お店は13時からオープンすることが多いです。

 

アンザックデーは日本人が卵を投げられる??

こんなうわさのような話を聞いたことがある人も多いのでは?

 

アンザックデーは今では、第一次世界大戦だけでなく

第二次世界大戦で戦った人への追悼も含まれ、

このときオーストラリアが戦ったのは日本。

 

日本の捕虜になった経験をもつ兵士の体験談などから

日本への嫌悪感を抱くオーストラリア人もいないわけではないようです。

 

昔は、アンザックパレードでは日本人は生卵を投げられるなどと

言われていたようです。

アンザックパレードには行くななんてアドバイスもあったとか。

 

実際に現代では実際に卵が投げられたという話は聞かないのですが、

戦争経験者にインタビューするテレビ番組も増えるため、

日本のかつての行いを思い出す人が多い時期でもあります。

 

では、アンザックデーには日本人は出歩かないようにしているか?というと

そうでもないようです。

戦争について知らない世代が日本人の若者にも増えていますし、

オーストラリアにはワーキングホリデーで日本の若い人もたくさん来豪しています。

 

オーストラリアでも戦争を知っている世代が少なくなっているため

オーストラリアの若い世代へ戦争を伝える機会でもあります。

 

アンザックデーは日本の終戦記念日のような位置づけでもあり、

日本の建国記念日やアメリカの独立記念日のような要素が感じられる

オーストラリアという国が1つになるイベントでもあるんですね。

 

まとめ

アンザックデーはどんな日なのか私も子供たちに伝えていきたいと思います。

バイリンガル子育てを通して、

海外にはどんな習慣があって、何をするのか、

ほかの国の人が大切にしている価値観を子供たちに伝えていくのは大切ですね。

 

ぜひ一度おうちでお子さんとアンザックビスケット手作りしてみてはいかがですか?

 

 

参考サイト

https://ja.wikipedia.org/wiki/ガリポリの戦い

http://www.anzacs.net/AnzacStory.htm

https://www.awm.gov.au/commemoration/anzac/anzac-tradition/

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